社会調査実習で気づいたこと3つ

前期の渋谷に引き続き、今度は千葉、2時間近くかかります。遠いです。11月と12月週末6回。

島村先生はウルリッヒ・ベック、リスク社会論、個人化の問題を研究とあって、べックで検索してみたら、大学のゼミの先輩の名が。これはもうちょっと読んでみなければいけません。

もうひとつ、集団レベルで言えることが、個人レベルでは当てはまらない、全体である命題が成り立つからといって、同じことが個々で成り立つとは限らないことをecological fallacy(生態学的誤謬)というとのこと。男女の集団としての差と個人差の違いを峻別しなければいけないなと思い至った。

それから、マートンの中範囲の理論、grand theoryでもなく、trivialismでもない。アノミー論、(アノミーanomieはそもそもデュルケムの社会的規範social normsが失われ、社会が乱れて無統制になった状態。高度に技術化・都市化した社会で、親密感が欠けることによって起こる疎外感。)マートンは民主的でしかも階層化された産業社会であるアメリカでは、成功という文化目標とそのために利用可能な手段とが不釣り合いな状態に下層階級がおかれ、そうした乖離が種々の逸脱行動の原因となるとした。社会的規範については、私はそれにかなり従順に生きてきたと思う。30歳までに結婚して、子どもは二人、というような、この規範はどこからきているのかなーと考えてみたら、親から与えられているように思うのです。そしてその親の期待に応えることが、自分自身の満足にもつながっている。ただ、仕事の規範、男性並みに滅私奉公することが満足につながる場合は、結婚せずに、子どもは産まずに働くとなるのだと思います。仕事の規範からの逸脱は常に仕事の場での摩擦をはらみ、いつの世でも少数派は異端として排除されます。